統語と辞書とのインターフェイスに関する日英語比較研究
---交替現象を中心に---

はじめに

この発表では統語と辞書とのインターフェイスにおける日英語の比較研究について の意義を、語彙意味論研究の最近の動向に焦点をあて見ていく。語彙意味論研究 では、特に統語とのインターフェイスを意識した場合は以下の二つの問題がこれ まで議論の中心を占めてきたように思われる。

(1) 語彙構造と統語構造の関係についての中心的問題
  1. 述語主要部の意味特性がどのような形式で辞書に記載されるかと いう問題
  2. 述語主要部の意味特性がどのような形で統語表示に反映されるかという 問題

(1a)は辞書がどういった特性のシステムかという問題である。例えば、述語主要 部の項構造は単なる意味役割のリストかそれとも内部構造をもつのかとか、語の 多義性を生み出す辞書特有の語彙プロセスが存在するかどうか等々が(1a)の具体 的問題となる。

(1b)は一般に「リンキング問題」とよばれている。リンキングとは、述語のとる 項の意味役割のタイプとその項の現れる統語位置の関係についての一般化である。 リンキングに関する一般的仮説に、The Uniformity of Theta Assignment Hypothesis (Baker 1988)がある。これは、語の項の意味役割タイプとその項の 基底の統語位置の関係は常に一定でなくてはならないという趣旨の仮説である。 この仮説が基本的に正しいとすると、リンキングに関係する意味役割タイプの特 定と、それらが統語に写像される際の構造上の(相対的/絶対的)位置を明らか にすることが次の研究テーマとなる。

語彙意味論の分野では、辞書と統語のインターフェイスについての(1)の概念上 の問題をふまえ、自他交替(transitivity alternation)を初めとする交替現象 や動詞の類型についてさまざまな経験的研究が行なわれてきている(Levin (1993) 参照)。その中で、この発表では主に次の三つの交替現象を取り上げ議論 する予定である。

(2) 英語の代表的交替現象
  1. 使役起動交替
    1. John broke the glass.
    2. The glass broke.
  2. 中間態構文
    1. John cut the meat.
    2. The meat cut easily.
  3. 非対格性交替
    1. John ran in the room.
    2. John ran into the room.

これらの交替現象に関するこれまでの日英語の比較研究を概観し、日本語の形態 論研究が英語の交替現象の分析に新たな方向を示してくれることを論ずる。具体 的には、英語には日本語の交替現象に関わる形態素(使役の-sase等)に相当す る音韻的にはゼロの形態素が存在し、(2)の交替は基本的にゼロ形態素が関わる 統語現象である可能性を議論する。

最後に、交替現象についてのこのアプローチがが辞書と統語の関係についての問 題(1)にどのような意味をもつかを考えたい。

この発表では、次の手順を踏んで議論を進めていきたい。まず第一 に、文法全体の中で辞書部門がどのような役割を果たすべきと考えら れてきたかを拡大標準理論モデルに至るまでの生成文法の研究史を踏まえ概観す る。第二に、英語の交替現象を語彙規則という辞書内のプロ セスで説明する試みを紹介し、その分析の問題点と解決法を経験的事実に照らし 考える。第三に、80年代後半の抱合語(polysynthetic、ネイ ティヴティフ・アメリカンの諸言語)や膠着語(agglutinative日本語等)にお ける複合述語形成(compoundingの一つ)という形態プロセスが、語彙的なもの ではなくincorporationという統語操作(主要部移動)によるものであるという 分析(Baker 1988など)を紹介する。第四に、英語のある種 の語形成が、抱合語などのovert elements同士のincorporationプロセスと平行 した、ルート要素とゼロ形態素という主要部間の統語プロセスであるという提案 について、日英語の交替現象を比較しそれを擁護する議論を行なう。最 後に、様々な交替現象がルート要素とゼロ形態素との統語関係に還元できた場合、 辞書というシステムや辞書と統語の関係は概念上どう捉えるのが自然かを、分散 形態論(Distributed Morphology)の立場を踏まえ議論する。

辞書と統語のインターフェイス---標準モデルの提案からESTモデルまで

生成文法は、「精神/脳のモジュール性」を研究の前提とした上で、さらに人 間の精神/ 脳には音のシステムと概念システムを結ぶ「言語(I-langugage)」 という認知モジュールが独立に存在していると仮定し、その特性の解明を目指し 研究を行なっている。生成文法は言語の性質・起源・使用(nature, origin, use)を研究していく上で、研究の初期の段階から「文法(grammar)」という言 語についての理論を明示的システムとして打ちたて、その後研究の進展にともな いいくつか重要な変更を加えてきた。1965年にチョムスキー(Chomsky)が Aspects of the Theory of Syntaxで「標準理論(Standard Theory)」 を提案して以来、文法は辞書(lexicon)と統語(syntax)という二つの異なる 性質の部門からなると仮定されている(figure1参照)。辞書は基本的にその言語の語彙 (lexical item)のリストで、この部門で各語彙項目の固有の特性が指定されて いる。一方統語は、辞書内の語彙項目を元素(atom)として取り込み、それらを MergeとMoveというプロセスで音と概念のシステムへの入力となる表示へと組み 立てていく計算システムである。標準理論から1980年後半の「拡大標準理論 (Extended Standard Theory)」に至るまで、この二つの部門をつなぐインター フェイスとしてD 構造(D-structure)という表示のレベルが仮定されていた。 このD構造を介して各語彙項目の構造上の特性(語彙構造)が階層的 (configurational)な構造表示として計算システムである統語に投射(project) される。

この理論モデルでは、語(word)レベルの問題である屈折(inflection)、 派生(derivation)、複合(compounding)という語形成プロセスがどちらの部 門で行なわれるかについては概念上必ずしも明確ではない。そのため、これまで 形態論の分野での経験的研究を通じて、語形成や語の項構造(argument structure)レベルの多義性の問題が辞書部門で扱われるべきものか、統語の問 題なのかについていくつかの立場が表明され議論が続いている。次節では、この 問題を1970年代初めに提案された語彙論的仮説(lexicalist hypothesis)に焦 点を当てて見ていく。

語彙論的仮説と語彙規則

初期の生成文法(標準理論より前)では、(3)のような文と名詞句に現れる動 詞(refuse)とその派生名詞(refusal)との分布上の特性の共通性を変形規則によ り説明していた(cf. Lees 1960 等)。1

(3) 動詞と派生名詞の分布上の特性の共通性
  1. John refused to go.
  2. John's refusal to go

しかし、標準理論において語彙項目は素性の束であるという考えが導入され、 次のような分析が理論上可能となった。つまり、動詞とその派生名詞の共通性を 統語素性(syntactic features)を利用して述べるという方法である。(4)をみ てみよう。

(4)
  1. 範疇素性が指定されてないREFUSEという語彙項目がある
  2. REFUSEは厳密下位範疇化素性(不定詞を補部としてとる)や選択素 性(動作主をとる)などの文脈素性をもつ
  3. REFUSEの範疇はN, Vの下への語彙挿入で決まる
  4. 形態規則の適用で動詞のrefuseと名詞のrefusalに固有の形態が与 えられる

動詞のrefuseもその派生名詞のrefusalもREFUSEという同一の範疇中立的要素か ら形態規則で形成されたと仮定することで、これらの分布上の特性の共通性をと らえることができる。

1970年の"Remarks on Nominalization"の中で、チョムスキーは動名詞的名詞 化形(gerundive nominals)と派生名詞形(derived nomimals)の違いについて のいくつかの経験的議論に基き、動名詞的名詞化は統語の問題である一方派生名 詞化は語彙部門で扱うべき問題であると主張した。その後、Jackedoff (1972)等 の経験的研究や変形規則のパワーを抑えるという概念上の必要性(プラトンの問 題の解決)に基き、屈折形態論(inflectional morphology)は統語の問題であ るが、派生形態論(derivational morphology)は全て辞書内部で扱うべき問題 であるという語彙論的仮説の立場が明確になった。辞書を従来より豊かなシステ ムと考え、同時に統語の規則の記述能力を抑えることで全体として制限的システ ムを作るという考えがその後の理論史で大きな流れとなった。2

語彙論的仮説をとり辞書部門が派生形態論(語形成)を含むと仮定すると、 辞書は統語とは別の種類の計算を請け負うこととなる。つまり、辞書は単なる語 彙項目のリストというのではなく、それに計算部門が加わった"computational lexicon" (Marantz 1997)として特徴付けられる。語彙論的仮説のもとで辞書に おいてある種の計算が行なわれるという考えは、派生形態論だけでなく従来は変 形規則で記述されることが多かった他動性交替を初めとする交替現象の説明にも 応用されるようになっていった。具体的に言うと、交替現象を辞書内に述語の項 構造を変更する「語彙規則」を仮定することで説明しようとする研究が生まれて きた(もっともチョムスキー自身は辞書に語彙規則のような統語とは別の規則体 系があるなどとはどこでも言ってはいないが)。以下、このようなアプローチを とる初期の研究の代表例としてウィリアムズ(Williams, 1981)を紹介する。

「語彙規則」は述語の語彙構造変更の可能なパターンについての一般化を意 図したものと解釈できる。述語の語彙構造の変化のパターンを示すことで、 1派生形の項構造変化の可能性をシステマティックに説明す ること、あるいは2同一の述語の項構造レベルで の多義性を記述し、交替現象に対する一般化を辞書のレベルでとらえること を目指す。ウィリアムズ(Williams, 1981)は上で述べた二つ問題を 語彙規則(ウィリアムズは形態規則とよぶ)により体系的に取り扱うことを試みた初 期の研究(pioneering work)の一つである。まず、ウィリアムズは述語の項構 造を次のように仮定している。

(6) ウィリアムズの項構造についての仮定(Williams 1981:83-84)
  1. 述語の項構造とは、その述語が取る項の順不同のリスト(an unordered list)である
  2. 項のリストは外項という主語位置に投射される特殊な項を一つ含み 得る(外項は下線で表記する)
(7) 項構造サンプル

そして、語彙規則による項構造の変化のパターンを外項が関わる次の二つの みに制限することで、規則の一般性を高いレベルで保ちながら、派生表現の特性 や交替現象に見られる他動性の変化などの経験的問題を説明しようとした。

(8) 語彙規則による項構造の変更パターン
  1. Externalize an internal argument; E(X)
  2. Intenalize an external argument; I(X)

(8a)と(8b)がどような現象を説明するために仮定されたかを、それぞれ一ず つ例をあげみていくことにする。(8a)の内項を外項化するプロセスは、動詞に- ableを加え形容詞化する語彙規則の一部であると議論している。具体的には(9) に見られる「-able形容詞化」はThemeを外項化する規則(10)として述べられてい る。

(9)
  1. Those things are promisable/perishable. (Theme externalized)
  2. *Those people are runnable (Actor externalized)
  3. *Those people are promisable (Goal externalized)
(10) -able形容詞化の項構造変化

E(Th): read (A, Th) --> readable(A, Th)

-able形容詞化という形態プロセスは項構造レベルでは、Theme要素の外項化 であると分析することで(9a)と(9b,c)の容認可能性の違いとTheme要素が統語 上主語位置に現れることを説明できるとしている。

次に内項の外項化のパターンI(X)を見ていく。ウィリアムズは(11)の他動性 の交替を自動詞の他動詞化の現象としてとらえ、これを(12)のThemeの内項化と 外項(Agent)の導入を仮定することで説明を試みている4

(11) 起動使役交替
  1. The ice melted.
  2. John melted the ice.
(12) Themeの内項化による他動詞の形成

meltVi(Th) --> meltVt(A, Th)

この交替現象の分析は直感的は次のように言えるであろう。起動使役交替で は自動詞が基本形で他動詞が派生形である。自動詞(例えばmelt)はThemeを外 項としてとる一項動詞である。自動詞の派生形である他動詞は(12)のThemeの内 項化(及び動作主の導入)という語彙規則で形成される。つまり、このアプロー チでは、起動使役交替という他動性の交替は辞書レベルでの語彙的プロセスと いうことになる。

ウィリアムズの研究以降、派生形態論や交替現象についての経験的研究にお いて、項構造における外項ステイタスの変更を利用した分析がいくつか提出され ている。例えば、ロバーツ(Roberts, 1986)は(13)のような中間態構文は外項 の抑制(suppression)とThemeの外項化という二つの語彙プロセスが関わってい ると主張している。

(13) 中間態構文
  1. This book translates easily.
  2. Those chickens kill easily.
  3. Messages transmit rapidly by satellite. (Roberts 1986: 186)
ロバーツの中間態構文についての提案は次のとおりである。
(14) ロバーツの中間態の分析
  1. 中間態は他動詞の項構造を変える辞書レベルの語彙プロセスが関 わっている。
  2. 他動詞の外項のAgentが統語的には不活性なchômeur theta-roleに変わる。
  3. 他動詞の内項のThemeがE(Theme)のプロセスで外項となる(-->D 構造で主語位置に投射)。
(15) 中間態形成(Middle-formation)の項構造変化

kill: (Agent, Theme) --> ({Agent}, Theme)

この他にも項構造における外項ステイタスの変化を利用した交替現象等の分析がいくつか提案されている。

非対格の仮説と結果の述語構文

前節では起動使役交替と中間態構文という二つの他動性交替を外項の内項化 と内項の外項化という二つの語彙プロセスで説明するアプローチを紹介した。こ のような考え方に対し、他動性の交替現象は語彙プロセスではなく基本的に統語 の問題であると主張する研究者たちがいる。彼らの基本的考え方を、起動使役交 替現象の分析を例に紹介する。

起動使役交替の特徴は、自動詞構文の主語が他動詞構文では目的語として現れて いる点である。ウィリアムズは自動詞構文の主語位置の項(Theme)のステイタ スは外項であるが、他動詞では内項に変化し、Agentが新たな外項として項構造 に加わると分析する。つまり、この分析では、自動詞構文と他動詞構文における Themeの文法機能の違い(主語か目的語か)は、辞書内の語彙プロセスに基き説 明される。

(16) 起動使役交替の語彙プロセスによる分析
  1. The ice melted. (meltVi: (Theme))
  2. John melted the ice. (meltVt: (Agent, Theme))

これに対して、この交替現象に対する統語的アプローチでは、他動詞と自動 詞の項構造レベルでの違いは外項Agentの存在だけである(他動詞はAgent あり、 自動詞はAgentなし)。特に注目すべき点は、ウィリアムズの分析と異なりThemeは項 構造レベルでは自動詞の場合も他動詞場合も同じステイタス(内項)と仮定され る点である。

(17) 起動使役交替の統語プロセスによる分析
  1. meltVt: (Agent, Theme)
  2. John melted the ice (D-structure)
  3. meltVi: (Theme)
  4. __ melted the ice (D-structure)
  5. the ice melted t (S-structure)

(17)で示したように、他動詞のmeltはAgentを外項、Themeを内項として取り、こ れらは統語(D構造)において外項は主語位置に内項は目的語位置に投射される。 一方、自動詞のmeltの項構造は(17c)で示したようにThemeが一つ指定されている だけであるが、ウィリアムズとは異なり内項のステイタスをもつと仮定されて いるため、D構造では目的語位置に投射される。その後の派生で目的語位置に投 射されたThemeは統語的理由で主語位置に移動し、主語の文法機能を持つことに なる。この分析では、二つの構文間のThemeの文法機能の違いは、語彙プロセス ではなく統語的に説明されることになる。

中間態構文の派生についても、Theme要素の主語から目的語への文法機能の変 化は語彙構造のレベルの問題でなく統語プロセスが関わっているという分析が提 案されている(Yamada 1989, Pesetsky 1990, Hoekstra and Roberts 1993, Fujita 1994等)。この統語アプローチでは中間態構文の表層主語である Theme要素は基底では他動詞構文と同じく動詞の補部位置に投射され、統語レベ ルの操作で主語位置に移動すると分析されている。

(18) 中間態構文の統語プロセスによる分析
  1. __ translate this book easily (D-structure)
  2. This book translates t easily

起動使役交替現象の統語的アプローチは、実は「非対格の仮説」という自動 詞の類型についての一般化の一部である。非対格の仮説とは、自動詞は伝統的に 考えられていたように統語上均質ではなく、動詞と項との(潜在的)文法関係か ら大きく二つに下位分類されるという考えである。具体的にいうと、動詞のとる 項がもっぱら主語として機能するタイプ(非能格動詞: unergative verbs)と、 項が主語と目的語の特性を合わせ持つタイプ(非対格動詞: unaccusatie verbs) である。それぞれのタイプの自動詞の代表例は(19)に示す通りである。

(19) Two types of intransitive verbs
  1. 非能格動詞(Unergative verbs): run, walk, laugh, ring, stink, etc.
  2. 非対格動詞(Unaccusative verbs): appear, exist, freeze, melt, arrive, etc.

非対格の仮説では、この二タイプの自動詞は統語上その基底構造が異なると考え られている。具体的にいうと、(20)で示すように、非能格動詞の場合その項は基 底で主語位置にあるが、同じ自動詞であっても非対格動詞の場合はその項は基底 では目的語位置にあり移動操作で表層主語位置に現れるという分析されている。

(20) 非能格動詞と非対格動詞の基底構造 5
  1. 非能格動詞: NP [VP V]
  2. 非対格動詞: ___ [VP V NP]

非対格性の仮説を支持する経験的証拠は様々な言語で提出され、これら一連 の現象は非対格性の基準(unaccusative diagnostics)と呼ばれている(Appendix参照。)の統語現象が非対格性の基準の代表例 と考えられている。その中でも結果の述語構文はこの仮説を支持する強い証拠と 考えられている。以下では結果の述語構文が非対格動詞の基底構造についての仮 定(20b)を支持すつ経験的証拠となる。その上で、(20b)に基づく起動使役交替の 統語アプローチの優位性を論ずる。

英語を初め多くの言語で形容詞句あるいは前置詞句が「結果の述語 (resultative predicates)」として解釈される場合がある。(21)、(22)の英語と 日本語の例をを見てみよう。

(21)
  1. John painted the wall red.
  2. I broke the window into pieces.
(22)
  1. 太郎は壁を赤く塗った。
  2. 私は窓を粉々に割った。

イタリクスの述語が結果の述語の例である。結果の述語の分類上の基準は意味的 なものである。(21)及び(22)の各々の例で、斜体の述語は、動詞が示す行為に より影響を受けた要素の結果の状態を示している。例えば、(21a)では述語(red) は「塗る」という行為により影響を受ける要素(the wall)の結果の状態を示し ている。このように、意味上文中の要素の結果の状態を示す述語を総称して結果 の述語と呼ぶ。結果の述語は意味上の主語の選択について非常に興味深い特性を もつことが、シンプソン(Simpson, 1983)やロースシュタイン(Rothstein, 1983)で指摘されている。(23)の例を考えてみよう。

(23)
  1. John painted the walli redi.
  2. *Johni painted the wall exhaustedi.
  3. *太郎はi 壁をくたくたに i ぬった。
  4. 太郎は壁をi 赤くi ぬった。

(23)の対比から結果述語は日本語の場合も英語の場合もその叙述対象が目的 語でなくてはならないという目的語指向性があることが分かる。次に(24)を見て みよう。

(24)
  1. The wall was painted red.
  2. Which wall did John paint red?
  3. 壁は赤く塗られた。
  4. どの壁をジョンは赤く塗ったの。

(24)では、結果の述語の意味上の主語が表面上目的語位置にないにも拘わらず適 格である。しかし、不適格な(23)の例と異なり、(24)では結果の述語の叙述の対象 であるthe wall/which wallは動詞paintの意味上の目的語である。(24)の現象が 示しているのは、結果の述語の叙述条件で重要なのは叙述の対象の表層位置では なく、その基底位置なのだということである。(24)の現象を考慮に入れると、結 果の述語の目的語指向性は(25)として述べられる。

(25) 結果の述語の目的語志向性の条件

結果の述語は基底構造で目的語位置にある名詞句と主述関係を持つ必 要がある。6

(25)の結果の述語の目的語指向性は、文の基底構造を探る上で非常に有用な手段 となる。つまり、文中の名詞句の基底での統語位置(その名詞句が基底で主語 か目的語か)を結果の述語による叙述の可能性に基づいてテストすることがで きる。ここで、非対格性の仮説を思い出してみよう。非対格性の仮説は、自動詞は統 語上均質ではなく、動詞とその項との基底での文法関係に基づき(19)で示すよう に統語上二つに分類されるというものであった。それぞれのタイプの自動詞と 結果の述語との共起可能性についての事実がこの仮説を強く支持することをみ ていく。7

非対格性の仮説では、(26)のそれぞれの自動詞構文は(27)の異なる構造を持つ。

(26)
  1. John laughed. (laugh: unergative)
  2. The river froze. (freeze: unaccusative)
(27)
  1. John [VP laughed]
  2. The riveri [VP froze ti]

(25)で述べたように結果の述語は基底で目的語位置にある名詞句と主述関係にな くてはならないという特性をもつ。非対格性の仮説では、非能格動詞の項は基底 で主語位置にあり、一方非対格動詞の項は基底では目的語である。それ故、この 仮説が正しいとすると二つの自動詞構文は結果の述語との共起可能性が異なるこ とが予測される。(28a,b)と(28c,d)を比較してみよう。

(28)
  1. *John ran exhausted
  2. *John laughed sick.
  3. The river froze solid.
  4. The vase broke into little pieces.
  5. *ジョンはくたくたに走った
  6. 川はカチカチに凍った

非対格性の仮説が予測するとおり、非能格動詞 (laugh, run) は(27a, b)が 示すように結果の述語と共起できないが、非対格動詞(freeze, break) の場合そ の項は結果の述語による叙述が可能となる。これは、非対格動詞の表層主語は、 非能格動詞の主語とは異なり、基底で目的語位置にあり結果の述語の目的語指向 性と矛盾しないためである。

(29) 非対格動詞構文の派生
  1. ___ froze the river solid (D-structure)
  2. The river melted ti solidi (S-structure)
このように、結果の述語との共起可能性に関する事実(28)は非対格性の仮説を支 持する証拠となる。つまり、melt, freeze, grow, breakなどの起動使役交替を 示す動詞群の自動詞は非対格動詞であり、その表面上の主語は基底では目的語位 置に投射され(つまり項構造では内項)、表層主語位置へは統語レベルで移動す る。これはウィリアムズの起動・使役交替の語彙的アプローチの前提、つまりこ れらの自動詞の主語は項構造では「外項」、基底構造で主語位置に投射されると いう考えの強力な経験的反証となる。

次に、中間態構文の派生についての二つのアプローチ(語彙的と統語的)も 同じ結果の述語を利用した経験的テストに基づき比較可能であることを示したい と思う。

中間態構文では、本来意味上目的語位置にくるべき要素が主語位置に現れる が、受動態とは異なり動詞に形態上の変化がない特徴である。中間態の研究は、 特に主語位置の名詞句の派生をどう考えるかで大きく二つのアプローチがあるこ とを見てきた。つまり、Themeの外項化のプロセスで項構造レベルで実質上主語 の文法機能を指定する語彙的アプローチ(Williams 1981, Roberts 1986, Fagan 1988, etc)と表層主語は基底構造では動詞補部位置にあり統語で主語位置に移 動するという統語的アプローチである(Yamada 1989, Pesetsky 1990, 1995, Hoekstra and Roberts 1993, Fujita 1994, etc)。非対格動詞の基底構造を明 らかにするのに結果の述語の生起可能性をテストに用いたが、中間態構文の場合 にも同様のテストが可能である。

(30)
  1. Plastic tires wear flat easily.
  2. This envelop steams open easily.
  3. These buildings burn down easily. (Pesetsky 1990, 64)
  4. このブロックは簡単に二つに割れる。
(30)のように結果の述語が現れるという事実は、D構造の段階で(31)のように動 詞の意味上の目的語が補部位置にあることを示している。統語プロセスでこの 位置から移動し表面上(30)の音声形となる。

(31) 中間態構文の派生7
  1. ___ wear plastic tires flat easily (D-structure)
  2. Plastic tires wear ti flati easily (派生1案)
  3. Plastic tires [proi wear ti flati easily(派生2案)

語彙アプローチでは中間態動詞はThemeの外項化という項構造レベルの操作で 形成されると仮定するため、ThemeはD構造のレベルで主語位置に投射される。そ のため、この分析は目的語志向の特性を持つ結果の述語の生起は不可能と予測す るが、予測に反し実際は(30)が示すように結果の述語は可能である。(30)の経験 的事実は中間態動詞がThemeの外項化という項構造レベルの操作で形成されると いう分析の反証となる。

以上、起動使役交替と中間態構文を例に交替現象が辞書内の外項ステイタス を変える語彙プロセス(E(X)とI(X))に起因するという分析と、これらの交替は 基本的には統語現象であるという統語的アプローチを比較して議論してきた。 ESTモデルを前提としたシステムでは、このような「語」レベルの問題は辞書と 統語のどちらで扱うべきかは概念上アプリオリに決まる問題ではない。経験的議 論の積み重ねでどちらのアプローチが正しいかを判断する必要がある。今議論し た、結果の述語の特性を利用したテストの結果を見る限りにおいては、統語アプ ローチが経験的には支持されると考えられる。

上の議論が基本的に正しいとすると、辞書には、すくなくとも外項のステイ タスを直接変更するタイプのプロセスは存在しないと予測される。この予測は様々 の経験的事実に照らして検証する必要があるが、リンキングについての一般的仮 説であるThe Uniformity of Theta Assignment Hypothesisとの整合性を考える と、概念的レベルでは極めて自然な仮定とみなしてもよさそうである。

(32) The Uniformity of Theta Assignment Hypothesis (UTAH)

Identical thematic relationships between items are represented by identical structural relationships between those items at the level of D-structure. (Baker 1988: 46)

語彙概念構造と語彙従属

交替現象や述語の項構造のについての研究は、1980年代後半からウィリアム ズ流の語彙的アプローチとは別の路線で新たな展開を見せてきた。、このころか ら、辞書における各述語の記述を豊かにすることで、語形成や他動性交替に関わ る現象を説明しようとする研究が盛んにおこなわれるようになった。初期の研究 としては、 Hale & Keyser (1986, 1987)やLevin & Rappoport (1988) が代表的なものである(cf. Carter 1976, Jackendoff 1983)。このアプローチ では、辞書は語彙概念構造(Lexical Conceptual Structure、 以下LCS)と述語 項構造(Predicate Argument Structure、以下PAS)という二つの異なるレベル の表示を含むと仮定されている。LCSは述語分解で形成される抽象的意味元素と 変項から構成される意味表示で、各語彙の「辞書的意味」を現す。LCS表示の変 項はリンキング規則でPAS表示に関連づけられる。PAS表示では外項・内項などの 構造上の区別が指定され、この情報をもとにそれぞれの項は適切な統語位置に投 射される。例えば、動詞 put は(xx)のLCS、PAS表示をもつ。

(33) putのLCSとPAS
  1. LCS: [x cause [y to be at z]
  2. PAS: x<y, Ploc z>

LCSの表記を用いることで、(単純な統語的アプローチでは捉えられなかった) 他動詞のbreakは自動詞のbreakを「使役化」したものであるという意味的直感を 自然な形で記述することができる。例えば、動詞breakの起動・使役の他動性の コントラストは次のように述べられる。分析と思われる。

(34) 自動詞のbreakと他動詞のbreak (Rappaport et al. 1993: 44)
  1. Causative BREAK: [x cause [y become BROKEN]]
  2. Non-causative BREAK: [y become BROKEN]

また、項のステイタスはPASという別レベルで指定できるため、(35)のように PASを指定することで自動詞breakの非対格性を保証できる。

(35) breakのPAS
  1. Causative BREAK: x <y>
  2. Non-causative BREAK: <y>

さらに述語の意味拡張を記述するための手段として、LCSに適用する語彙従属 (lexical subordination)という規則を仮定することで、交替現象を初めとす る様々な語彙意味論的現象がLCSレベルで記述可能となった。8以下では中間態構文の興味深い振る舞いと、動 作の様態動詞(verbs of manner of motion)にみられる「非対格性の交替現象」 山田 1999, 1999)が、語彙従属を仮定することで自然な説明が可能となること を見ていく。

Hale & Keyser (1987) では中間態構文に現れうる動詞の意味タイプが論 じられている。(36)と(37)のコントラストは、それぞれのグループの動詞のLCS の違い、例えば(38)と(39)の違いに起因すると考え、中間態構文は(40)のLCS を持つ動詞からのみ可能であるという条件を提案している。

(36)
  1. This bread cuts easily.
  2. This wood splits easily.
  3. Tender meat fries easily.
(37)
  1. *This wall hits easily.
  2. *Small houses paint easily.
  3. *Wales save easily. (L&R 1988: 284)
(38) LCS of cut
[x CAUSE [y develop linear separation in material integrity ...]]
(39) LCS of hit
[x come forcefully into contact with y]
(40) MiddleのLCS
[x CAUSE [y undergo change]], where y is 'theta-committed' (projected)

(40)の大事なポイントは、中間態構文に現れうる動詞はそのLCSにCAUSE要素 を含む必要があるというものである。

(40)を念頭におき、(41a-c)と(42a-c)のコントラストを考えてみよう。

(41)
  1. *This kind of meat pounds easily.
  2. *These dishes wipe easily.
  3. *The door kicks easily.
(42)
  1. This kind of meat pounds thin easily.
  2. These dishes wipe dry easily.
  3. The door kicks down easily. (L&R 1988: 285)

(41)の動詞は単独では中間態構文に現れることのできないが、(42)のように 結果の述語を伴うことでそれが可能となる。Levin & Rappoport (1988)は これらの動詞が結果の述語を伴う場合、そのLCSが語彙従属という語彙プロセスで (40)と矛盾のない形に変えられるのであるという提案を行なっている。語彙従属 というのは述語の基本的意味構造を、他の述語の下に埋め込ませて複合的LCSを 形成する規則である。上の例に則して具体的に述べると、他動詞wipeが結果の述 語を取る場合、基本のLCS(43a)がCAUSE述語の下に埋め込まれ複合的LCS(43b)と 変化する。これは、結果の述語の付加による「使役化」をLCSで捉えようとした ものである。

(43)語彙従属1
  1. wipe1: [x `wipe' y]
  2. wipe2: [x CAUSE [y BECOME (AT) z] BY [x `wipe' y]]

wipeは語彙従属を受けることでそのLCSが(43b)という(40)と整合性がある形とな り中間態構文が可能となる。(直感的には動作が状態変化に変わりミドルが可能 となったといえる)

語彙従属が関わるもう一つの事例として、runタイプの動作の様態動詞に見ら れる非対格性の交替現象がある8。runタイプ動詞 は、いくつかの非対格性の基準に照らし通例非能格動詞と分類されている。例え ば、(43)が示すとおり非対格動詞には不可能とされる-er名詞化(-er Nominalization)が可能であり、逆に非対格動詞に典型的にみられる場所格倒置 (Locative Inversion)の構文をとることができない。

(44) -er名詞化
  1. runner/walker/jumper/etc.
  2. *appearer/*exister/*dier/etc. 10
(45) 場所格倒置
  1. *In the room ran a shrieking child. (Levin and Rappaport Hovav 1992: 259)
  2. *On the table jumped a cat. (Levin 1993:93)
しかし、runタイプの動作の様態動詞が方向を示す表現をとる場合、非対格性が 変化する交替現象が存在することがVan Valin (1987)、Fukuda (1990)、Levin (1993)、Levin and Rappaport Hovav (1992,1995)で議論されている。方向の前 置詞句をとった場合、このタイプの動詞は非対格動詞に特有の統語環境で現れ る。(29)の場所格倒置のコントラストがこのことを示している。
(46)
  1. *In the room ran a shrieking child.
  2. Into the room ran a shrieking child.

Levin and Rappaport Hovav (1992)は、この交替現象はrunタイ プの動作の様態動詞に次の語彙従属のプロセスが適用した結果であると説明し ている。

(47) 語彙従属2
  1. [x MOVE in-a-running-manner] (run: manner of motion)
  2. [x GO TO y BY [x MOVE in-a-running-manner]] (run: directional) (Levin and Rappaport Hovav (1992: 260)

(47)の語彙従属のプロセスで非能格用法のrunのLCS(47a)は上位の述語の下に 埋めこめられ(47b)のLCSとなる。PASレベルで(47b)の変項xをで内項にリンクす ることで非対格性の変化を記述することができる。

語彙的アプローチの概念上の問題とその解決

前節では、LCSとPASを含む豊かな辞書を仮定することで、単純な統語アプロー チでは捉えられなかった起動使役交替や中間態構文の語彙意味論的特性が説明可 能となることを見てきた。LCSを仮定した語彙的アプローチでは、様々な語彙意 味論的現象の興味ある性質が発掘され説明が試みられてきている。記述的レベル では非常に充実した研究成果が生まれていると思われる。しかし、一方で辞書の 計算部門の記述能力を豊かにすることで、概念的レベルで非常に大きな問題が生 じる。LCS表示には、変項、定項に加えいくつかの意味元素が含まれている。ま た、それらはある一定の規則にのっとり階層構造をなしている。さらに、語彙従 属のプロセスであるLCSは別のLCSへ何らかの条件のもとで写像される。LCSの内 部構造とその変化について、現在のところ十分に制限的な理論体系が提示されて いないと思われる。LCSは非常に高い記述能力(too powerful)もつ装置として、 個別的な特性の記述にも利用されている。

この状況は1970年代前半までの生成文法統語論の分野の変形規則の乱用にも に見られた。この時期は様々な統語現象の発掘が盛んに行なわれた時期であるが、 現象の記述に当時は十分に制限されていない記述能力の高い(too poerful)な 変形規則が利用された。変形規則には規則適用の構造条件が文脈指定の形で細か に述べられたり、規則適用の条件が規則の付帯条項として組み込まれていたり、 非常に複雑な変形規則が提案されていた。これは現象の記述には役だったが、一 方で非常に大きな問題、つまり母語獲得のプラトンの問題に直面した。つまり、 変形規則の記述の能力を高くしておくことで現象の記述能力という点では優れた システムとなるかもしれないが、同時に答えなくてはならない母語獲得の問題、 子供は乏しい資料からどのように複雑な規則群を学ぶことができるのかに答える ことが難しくなる。このジレンマを脱するため生成文法は変形規則を始めとする 装置の記述能力を厳しく制限した。これが1980年初頭の「規則の体系」から「原 理とパラメーターの体系」へという文法というシステムの根本的イメージの変更 (チョムスキーがthe second conceptual shift)へとつながる。(変形 規則には最後にはaffecte αという最も簡略化された--制限のきつい--形にな る)。

辞書内にLCSとPASを表示として持つ統語とは質の異なる計算システムがある と仮定した場合、この辞書内の計算部門でも統語部門と同様に十分に制限された 理論システムが必要となる。

この状況に直面してとる道は二つある。一つは、辞書内に統語と異なる十分 制限的な計算システムを構築することを模索し、記述能力を制限した装置を使い これまでの様々な語彙意味論的現象を見直していく道である。もう一つは、計算 的辞書(computational lexicon)の概念を破棄する道である。LCSやPASという 辞書レベルの表示と考えられていたもの、語彙従属のような語彙プロセスと考え られていたものは、実は統語表示・統語プロセスであると捉えなおす可能性であ る。どちらが正しいかは、この二つのアプローチが経験的事実に基づいて議論を 深める中で明らかになっていくであろう。

本稿では統語的アプローチに立脚し、これまで見てきた語彙意味論的現象が 統語レベルの問題であるという議論を行なう。このアプローチは、理論上は Baker (1988)の編入(incorporation)研究の成功がきっかけになり、Pesetsky (1991, 1995), Hale and Keyser (1993)などの研究で理論上・経験上の展開が見 られ、分散形態論(Distributed Morphology)と結びついてMarantz (1997)でか なり形が明確になってきている。以下では、これらの研究の関連部分を簡単に紹 介しながら、交替現象の新たな統語分析の可能性を議論していく。

他動性交替現象への統語的アプローチ

複合動詞形成に対する編入アプローチ

ベイカー(Baker, 1988)はある種の複合動詞形成に編入(incorportation) という統語レベルでの主要部(X0)移動のプロセスが関わっている ことを、ネイティヴアメリカの言語など抱合語(polysynthetic language)を中 心に豊富な経験的議論を土台にして議論している。複合述語が形成されると、そ れに伴い動詞の項の文法機能が変化する現象が見られるが、この文法機能の変化 は編入プロセスにより述語と項の構造関係が変化した結果(a side effect of this word movement, Baker 1998:1)と分析する。Chichewaの使役化の例を見て みよう。

(48) Chichewaの使役化 (Baker 1988:10-11, 21)
  1. Mtsikana a-na-chit-its-a kuti mtsuko u-gw-e
    girl do-cause that waterpot fall
  2. Mtsikana a-na-gw-est-a mtsuko
    girl fall-cause waterpot
(48a,b)は主題的意味は等価であり(thematic paraphrase)使用されている形態 素も基本的には同じである。(48a)と(48b)の決定的違いは(48a)では別の節にあ る-gw-(fall)と-its(cause)が(48b)では同一節で形態的複合体を形成しているこ とである。さらに、これにともないwaterpotの文法機能が主語から目的語へ変化 している(動詞の一致が主語のu-から目的語のa-に変化)。ベイカーはこれを統 語において(50)で示される動詞編入(verb incorporation)が適用され、それに 伴う動詞と項の間の構造関係の変化からwaterpotの文法機能が変更となると分析 している。
(49a)

figure(49a)

(49b)

figure(49b)

ベイカーの編入のアイディアは、日本語のような膠着語(agglutinative language)の複合のプロセスにも適用され、寺田(Terada, 19xx)や久保 (Kubo, 19xx)の日本語の使役化などの分析に応用されている。例えば、ベイカー や寺田では日本語の使役構文(o-causative)(50)は(語彙部門で作られる (Farmer 1980, Miyagawa 1980, Williamas 1981)のではなく)、統語において (51)に示すように動詞編入により派生すると分析されている。

(50)

太郎は花子にその本を買わせた。

(51a)

figure(51a)

(51b)

figure(51b)

この統語レベルでの編入という主要部移動のプロセスがovertな主要部同士の 複合述語形成に関わってるという分析は、その後英語の交替現象の分析に応用さ れていく。基本的アイディアは次のとおりである。

(52) 形態的に豊かな言語の複雑述語の形成
  1. 日本語のような形態的に豊かな言語の場合使役などの形態素も音 形をもつ。
  2. 複雑述語(complex predicates)の形成は、動詞のルート(-tabe) と音形をもつ形態素(-sase)の間の主要部移動という統語プロス セスにより行なわれる。
(53) 英語の交替現象
  1. 英語のように形態的変化に乏しい言語の場合、日本語の音形をもつ 形態素(例えば使役の-sase)に対応するゼロ要素(例えばCAUSE) がある。
  2. このゼロ要素は統語で音形をもつ動詞ルート(例えばfreeze)と主 要部移動により結合し、音声的には動詞ルートと同一の使役形 (freeze-CAUSE)を形成する。
  3. 動詞の交替現象と見えていたものは、実際は動詞ルート(overt element)とゼロ要素(covert element)との複雑述語形成である。

英語の交替現象を形態的に豊かな言語の複雑述語形成と同じレベルで捉える 分析は、ヘイルとカイザー(1993)、ペセツキー(1991, 1995)、マランツ(1997)ら により、細かな点で違いはあるにせよ、ほぼ同じ方向を目指しで取り組まれてい る。以下では基本的に(53)の考え方にそい、起動使役交替・中間態構文・非対格 性の交替の統語分析の可能性を考える。

交替現象の特性解明への統語的アプローチ

いくつかの仮定

議論を進めていく上で、ここで前提とする辞書と統語ついて二つのことを仮 定する。

(54)
  1. 英語の辞書は時制などの機能範疇、範疇中立的な動詞ルートのほか に、項構造をもつゼロ形態素(例えば使役のCAUSE)がある。
  2. 項構造をもつゼロ要素は統語において必ず動詞ルートと結びつく必 要がある。
(53)を仮定し他動性の交替現象がどのように分析可能かを考える、

起動使役交替

まず次の起動使役交替を見てみよう。

(55)
  1. The curtain dropped.
  2. The mechanism dorpped the curtain. (Pesetsky 1995: 79)
自動詞のdropは非対格動詞のため、基底では(56)の構造をもつ。
(56)

figure(56)

(55a)の表層形は動詞補部位置のthe curtainの統語におけ主語への名詞句移動で 派生される。一方の(55b)は従来考えられていたような単純な他動詞構造ではな く、(57)の複合的構造な構造をもつと仮定する。
(57a)

figure(57a)

(57b)

figure(57b)

(57)のCAUSEは日本語の-saseに相当する英語のゼロ形態素である。(57)では 自動詞構文の動詞句(56)がそっくりゼロ形態素CAUSEの補部位置に埋め込まれて いる。その後の派生において、主要部移動で動詞ルートがゼロ形態素に付加し複 合述語を形成する。この起動使役交替分析の直感的考えは、起動相の自動詞が使 役交替をする場合は、その動詞はCAUSEというゼロ要素が主要部となる構造に埋 め込まれ、それにより動詞は使役の意味をもち同時に他動詞化して語彙的使役構 文にあらわれるというものである。それゆえ直感的レベルでは、この分析は(34) のLCSレベルでの交替現象の説明を、統語レベルで焼き直しただけのものに見え るかもしれない。このように同じ直感的アイディアを実現する二つの異なる分析 法がある場合、概念的レベルの議論は別にして、これらのアプローチが経験的に 異なる予測をするパラダイムを探すことが必要となる。ペセツキーの提示してい る(もともとはChomsky(1972))、起動使役交替の二つの構文の名詞化の可能性 についての事実は、これら二つのアプローチの経験的に比較する手がかりとなる。 自動詞構文と他動詞構文を名詞化した場合の、容認可能性の差に注目してみよう。

(58)
  1. The curatin dropped.
  2. The mechanisms dropped the curtain.
  3. the drop of the curtain
  4. *the mechanism's dorp of the curtain
(59)
  1. Tomatoes grow.
  2. Bill grows tomatoes.
  3. the growth of tomatoes
  4. *Bill's growth of tomatoes (Chomsky 1972: 25)

(58-59)の事実は起動使役交替の自動詞構文は名詞化可能だが、他動詞構文は それが不可能であるというパラダイムである。この現象に対する統語的説明がい くつか提案されている。ここではペセツキーのマイヤーズの一般化(Myer's generalizartion)による分析を見ていく。

Pesetskyは(58-59)の名詞化の可能性についてのコントラストは、ゼロ形態素 CAUSEを仮定すればマイヤーズ(Myers, 1984)がゼロ派生語について独立に示し た一般化 (60) の事例と考え説明できると述べている。

(60) マイヤーズの一般化

ゼロ派生語に派生形態素を接辞として付けることはできない。11 (Pesetsky 1995: 75)

Myersの一般化に照らし(58-59)の事実をみていく。自動詞の名詞化は語根に 直接名詞接辞(-th, -ment, -zero 等)が付与され形成されるが、他動詞用法の 名詞化では、ゼロ形態素分析を仮定した場合、名詞接辞が付与される対象は[動 詞ルート- CAUSE] (例えば[grow-CAUSE])である。このように、他動詞のgrow が内部にゼロ形態素CAUSEを含むゼロ派生語と仮定すると、(58-59)で名詞化が不 可能な現象は(60)の一般化の事例の一つと見なすことができる。(60)一般化の裏 ににどのような文法の原理が関わっているかは定かではないが、(60)による (58-59)の説明がゼロ派生語[grow-CAUSE]を前提とするものである限り、これを 現在のLCSレベルで捉え直すことはできないと思われる。(58-59)のコントラスト がLCSを仮定する分析で説明できない限りは、名詞化の事実は統語アプローチを 経験的に支持すると考えられる。12

中間態構文

起動使役交替とほぼ同じ議論が中間態構文でも可能である。英語には日本語 の中間態(61)に音声を伴い現れる-eruに相当するゼロ形態素のMIDDLEがあると仮定す る。

(61)

Kono hon-wa yoku ur-eru.

英語の中間態構文では、動詞主要部とその補部からなるユニットがMIDDLEという ゼロ形態素の補部位置に埋め込まれると仮定する。

(62a)

figure(62a)

(62b)

figure(62b)

動詞ルートは主要部移動によりゼロ形態素MIDDLEと複雑述語の[sell-MIDDLE] を形成する。

(63)

This book [sell-MIDDLE]s well.

動詞が中間動詞として用いられる場合は常に[Vroot-MIDDLE]という ゼロ形態素を含む形となっているため、使役形の場合と同様に名詞化が不可能と 予測される。(64)はこの予測が正しいことを示している。
(64)
  1. *the bureaucrats' easy bribery
  2. *the play's easy performance
  3. *the book's easy translation (Pesetsky 1990: 65)

(64)は中間態構文に見られる他動性の交替がゼロ形態素が関与する複雑述語 形成であるという分析を支持してくれる。

非対格性交替

  1. 交替現象のような同一の動詞が取る二つの構文間 の関係も変形規則で説明されていた。

  2. この考えから、範疇中立的な句構造の概念である X-bar理論が発展していく。

  3. 述語の語彙構造の記述方法は研究者により微妙に 異なるが、少なくとも次の二つの情報を含むのが一般的である。

    語彙構造/項構造で指定される情報
    1. 述語のとる項の意味役割のタイプ
    2. 内項と外項の区別

    また、語彙構造は、研究者により呼び名もさまざまで、代表的 なのはつぎのうな呼び方である。

  4. 何故他動詞の自動詞化と考えないかは、次のより一 般的仮定による。

    Since these rules (E(X) and I(X)) exhast the possiblilities, we predict that norule of morphology can shorten argument structure.

  5. 主語への移動は格照合の要請から義務的である。非 対格動詞は補部に対格を与えないと仮定されているので、補部の要 素は時制により主格を照合するため主語位置に移動する。Burzio(1986)等参照。 (cg. Burzio 1986)

  6. (25)はSimpson(1983)で述べられている一般化であ る。より正確には、L&RH (1995)で述べられているよう に、動詞の直接目的語との叙述関係が必要である(Direct Object Restriction)。(i) のように、結果の述語は前置詞の目的語を叙述でき ない。

    1. *John shot at Mary dead.

  7. adjectival passiveには結果の述語が生起できない 事実がある。

    1. *The metal remained unhammered flat.
    2. *The room was left unswept clean.
    3. *The house was unpainted red. (Hoekstra and Roberts 1993: 198)

  8. Levin (1993), Levin and Rappaport (1992, 1995)では動作の様態動詞には微妙に特徴が異なるrunタイプとrollタイプの二つ を仮定している。非対格性の交替現象はrunタイプの動作の様態動詞に典型的に見られる。

  9. Levin and Rappaport(1988) 等を参照。
  10. 他にも(i)のように同族目的語をとることがで きる、あるいは(ii)のようにprenominal past participle として用いられない ことなどもこのタイプの動詞が非能格動詞であることを示す証拠として用いられ る。

    1. John walked a long walk. (Fukuda 1990)
    2. * a recently walked boy
  11. unaccusative verbsでもcausativeの形を持つ ものは、もちろん-er Nominalizationは可能である。

    1. opener, drier, freezer, etc.
  12. マイヤーズの一般化は次の事実に基づく。 supportからは動詞に基づくsupportiveは派生可能だが ([V support])、名詞から派生する*supportialや *supportiousは不可能である。これは名詞のsupportが常に動詞の supportからのゼロ派生形([N [V support]@]であると仮定し、ゼロ派生形には更なる接辞が不可能と することで説明されると議論している。

  13. Myersの一般化がどのような文法の原理から帰 結するかは現時点では明らかではない。Pesetsky (1990:59)では、 この一般化がBaker(1988)等で述べられている主要部の連続循環的 移動を禁じる原則と同じ性質を持つことに着目し、空形態素フィル ター(注20参照)を仮定し説明ている。また、Pesetsky(1995:83) ではこの一般化をFabb(1988)の接辞研究の方向で説明を試みいる。 また、Marantz(1997)では独自の説明がなされている。

Appendix 1

Inside verbal existential sentence
  1. There hang a painting of his grandfather in the living room.(unaccusative)
  2. *There jumped a horse right at the queen's arrival. (unergative)
Locative inversion construction
  1. Onto the ground had fallen a few leaves. (unaccusative)
  2. *Onto the ground had spit a few sailors. (unergative)
-er Nominalization
  1. *appearer, * exister, *happener, etc.(unaccusative)
  2. climber, rider, runner, ringer, etc. (unergative)
Prenominal perfect/passive participles
  1. a recently appeared book (unaccusative)
  2. *a hard-worked lawyer (unergative)
Resultative construction
  1. The river froze solid. (unaccusative)
  2. *John ran exhausted. (unergative)
  3. *The river itself solid. (unaccusative)
  4. John ran himself exhausted. (unergative)
Cognate object construction
  1. *She arrived a glamorous arrival. (unaccusative)
  2. Sarah smiled a charming smile. (unergative)
X's way construction
  1. *The children came their way to the party. (unaccusative)
  2. She talked her way out of the class. (unergative)
Prepositional passive construction
  1. *The desk was sat on by the lamp. (unaccusative)
  2. *The bed was fallen on by dust (unaccusative)
  3. The desk was sat on by the gorilla. (unergative)

参考文献

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